柏木真樹 音楽スタジオ

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(2) レッスン2・・・左手の基礎・ヴァイオリンを弾くための左手のしくみ

左手の基本的な問題についてよく受ける質問が、「肘をどのくらい内側に入れるべきなのでしょうか」「手のひらは指板に対してどのような向きになっているべきですか」というものです。そして、指が思うように開かない、速く動かないという悩みを多くのアマチュアが抱えています。もちろん、誰もがソリストのように指を動かすことができるようになるわけではありませんが、ちょっとしたことで大きな進歩を得られることが少なくありません。

まず、上記のような質問が唯一の正しい手の形が存在しているという誤解に基づいていることに注目してください。これは、多くの指導書・指導者が、ヴァイオリンをスムースに教えるために最初に基本的な形を示していることに起因します。何故その形を「理想」とするのか、という根本の理解をせずに形だけを真似してはならないのです。

まず、ヴァイオリンを弾くのに相応しい左手の条件を、体の中心から順に考えてみます。

* 肩の動きのチェック

肩の関節が固くなっていないかが最初のチェックポイントです。これは右手にも共通することです。わかりやすくするために、片方の肩だけにこの症状が出ていた生徒さんの写真を見ていただきます。 (写真1:この女性の腕の上がり方に注目してください。左腕を上げたときに肩が一緒に持ち上がっていることがわかると思います)

腕を上げるときに肩の関節が固くなってしまっていると、腕が肩に固定されたまま持ち上げてしまいます。写真1の女性はヴァイオリンを始めて三年目のOさん。この方は、左だけ、肩の関節が固まっていました。写真のように両腕を上げてみると、肩の関節がきちんと動いているかどうかを確認できます。この問題は、特に40代以上の方には大きな問題です。四十肩、五十肩に悩む人にこの傾向が強いようです。

腕を肩ごと持ち上げてしまう習慣は、かなり若い間に付いてしまうものです。年齢に関係なくこの症状を持っている人が少なからずいます。また、歳をとって関節の柔軟性を失ってくると、似たような状態になる場合があります。専門家ではないのではっきりとはわかりませんが、このような肩の使い方をしている人は、肩を痛めたり四十肩、五十肩になる確率も高いのではないかと思います。普段から関節を意識して使うようにすべきです。

この症状は右手に現れたときにボウイングに致命的な問題を引き起こします。ですから、右手に関しては気がつく(発見する)ことが多いのですが、右利きの人が左手にこの症状を持っていた場合、なかなか気がつかないケースが多いのです。もちろん、左手の運動性能を著しく落とすことになることは言うまでもありません。

完全に腕の関節が固まっていた場合、肩を上げないで腕を上げようとしてもほとんど持ち上がりません(写真2)。この場合、少々荒療治が必要です。私はレッスンの度に肩を上から押さえて腕を少しずつ動かす練習をさせ、動くようになったらダンベルなどを併用していますが、慣れない人が無理に動かすと関節を痛めてしまう危険性がありますから、整体師などに相談してみる必要があるでしょう。また、年齢によっては関節を無理に動かすことができない場合もあるでしょう。その点は十分注意してください。

(写真2:Oさんは、肩を変形しないで腕を持ち上げようとすると、左腕が全く持ち上がりませんでした。これが初期の段階です。二ヶ月ほどで60度位 まで持ち上がるようになりましたが、かなりの荒療治の結果です)

肩の関節の状態のチェックができたら、肩の上げ方をチェックします。これは何回も述べてきた通り、肩の変形を使わないで腕を持ち上げられるかどうかです。この二点が肩についての要点です(この二点に問題があると、肩こりに悩む方が多いようです。写真の刑部さんもその一人で、レッスン前は左肩がパンパンだったのに、初めて二ヶ月ほどで随分楽になりました。この副次効果は絶大で、現在私がレッスンを見させていただいているうちで肩こりの原因がこの二点にあった四人の生徒さんは全員、肩こりが劇的に改善されました)。

肩の問題が改善されると、右手同様、左手の状態がかなり変化します。肩が問題を抱えたままでは、肘や手首のことを改善できないケースすらあります。左手の肩の問題は、比較的軽視されている問題ですので、いちど振り返っていただきたいと思います。

* 肘の関節の柔軟性

次に肘の問題です。

ヴァイオリンを長い間弾いている人(プロ・アマ問わず)の左手の状態をよく見てみると、概ね次のような三通りになります。

  • 1)肘の関節が柔らかく、肘が少し回転している(イラスト1)
  • 2)肩の関節が柔らかく、肘は全く回転していないのに肘が素直に体の内側に入っている(イラスト2)
  • 3)肩、肘共に1,2の状態ではないが肘から先をねじっている(イラスト3)

長い間弾いていると、三つのどの状態でも問題なく左手が動くようになります。練習を積み重ねてきたわけですから、自分が動きやすい形になっているのは明らかだからです。ただし、最初に間違ったやり方をしてしまい、いつまでも無理が来ているベテランの例もあります。特に3)の形をしていると、左手の動きに無理が来ている例が多いようです。

成長期が終わってからヴァイオリンを始めた人、また、練習時間が短くて体に十分になじんでいない人にとっては、少々事情が異なります。指を動かすためになるべく無理のない肘の使い方をしなければならないからです。多くの指導者はこの点について気がついていないか、軽視しています。なぜなら、小さい頃からずっと弾き続けていると、どの形でも弾けてしまうからです。先生は「自分と同じようにやれば弾けるはず」と思い込んでしまうのです。

三番目の形では、大人が無理なく左指を動かすことはほとんどの人にとって不可能です。これは簡単に実験できます。楽器を構えた状態で肘を固定し、肘の上をねじって指を動かしてもらいます。この状態でスムースに左指を動かせる大人のアマチュア(特にレイトスターター)はほとんどいないでしょう。逆に、肘を関節からほんの少しねじってみます。1)の状態を無理矢理作ってみるのです。すると、驚くほど楽に左指が動くことがわかるでしょう。つまり、体が小さく腕が短いために腕が伸びたようになってしまう人でなければ、1)の状態が、体にとって一番楽な肘の状態だと言えます。3)のように腕をねじっていると、指を動かしている腱を締め付ける(ねじる)ために、動きが悪くなってしまうのです。しかし、残念ながら多くの大人(レイトスターター)が3)の状態で無理をしています(くり返しますが、小さい頃からヴァイオリンをずっと弾いている人には、このことは当てはまらない場合があります。どんな形でもそれなりに弾けるようになる可能性があるからです。ですから、指導者は「自分ができているからこの形が正しい」と思わないでいただきたいのです)

実際に、私の関節を見てみると、ほんのわずかですが左方向に回転しています。このほんのわずかな動きが、左手の無理を防いでいるのです。これは、ヴァイオリンを弾いていない人にはできないことのようです。私が今教えている生徒も、一人を除いて最初はできませんでした(その一人は、小さい頃ヴァイオリンを長い間やっていて、20年ほどのブランクで最近再開された方です)。そのために考えたものが、写真5,6のトレーニングです。慣れてきたら、写真7のように、実際にヴァイオリンを弾くときに自分で腕をねじってから弾いてみます。

(写真5〜7:肘の関節の上下を写真5のように握り、肘の上部を写真6のようにねじります。関節を無理矢理動かしてやるのです。初めは他の人にやってもらうしかありませんが、少しでも動くようになれば一人でできます。机の上に腕の上部を乗せて動かないようにし、同じように肘から先をねじるのです。そして、実際にヴァイオリンを弾くときに、まず写真7のように自分で肘を少しねじってから弾き始めます。写真は、最近ヴァイオリンを始めたAさん。ゼロからのスタートですが、最初からこのような体のトレーニングをあれこれと取り入れています。3年後には、はっきりと差がでると思っています)

動く量はほんの少しでも効果は大きいのです。根気のいるトレーニングですが、毎日のように続けていると数ヶ月で目に見える効果があります。

体型的に2)の状態で弾く必要がある場合は、肩を自由にすることをより徹底します。この場合、前回のチェックをさらに厳しくして、肩当て・顎あてを十分に吟味しましょう。特にセンターにくるタイプの顎当ては試してみる価値が大いにあります。

ここまで述べた肘の使い方の注意点も、あくまで指針にすぎません。その人の体の状態によってどのような使い方が合理的か、十分に時間をかけて判断する必要があるのです。レッスンの場で、それぞれの体の状態に理解がある先生に見ていただくことが理想です。

* 手首の形と親指の位置

これも、悩んでいる人が多い問題です。

指がスムースに動くためには、手首に余計な力が入らないことが絶対条件です。誰もがわかっていることですが、この状態を作るのには意外と手こずってしまう人が多いのが実際のところではないかと思います。また、指板を握ってしまう、または指板に人差し指を押さえつけてしまう状態で弾いている人も少なくありません。これらはすべて、解決する必要がある大きな問題です。

まず、左手の「形」について説明します。

手元にある4種類の教則本、数種の解説書には、左手の形がすべて写真入りで解説してあります。共通項は、「ネックをしっかり握ってはいけない」という点のみで、他の記述には微妙な差があります。現に、私のところに「左手の形がわからない。教材によって記述が違ったりしている」という質問がくることは珍しくありません。

結論から言えば、それらに示されている「形」はすべて正解でありうるのです。「ありうる」ということがポイントで、見かけ上どの形であっても正しくないこともあり得ます。親指の位置も、その人の手の形、指の付き方によって微妙な差があるのです。

ここでもこれまでと同じことを言わなくてはなりません。なぜその形になるのか、どのような理由で手の形が決まるのかということを理解しなくてはならないのです。ポイントは、大きく二つに分けられます。指が十分に開くかどうかということと、運動性能を上げるためにはどうしたらよいかということです(ヴィヴラートやポジションチェンジの問題は運動性能の問題です)。

手首や指に不要な力が入らないということは、全ての指導書に指摘されているとおりです。しかし「不要な力」と「必要な力」を区別することはかなり難しいことです。指を動かすための力は必要です。場合によっては、手首や肘を運動に使うこともあります。その時にも、何が必要で何が不要かということを理解することが大切なのです。

最初は指が独立して動くことを考えてください。手首・肘・肩やその間の不必要な筋肉を使わずに指を動かせるかどうかをチェックします。これは、右手で者を持った状態で脱力ができるかをチェックしたのと同様に考えてください。まず、写真8のような状態で指を動かしてみます。次号で詳しく述べますが、この形でできないことはヴァイオリンを持ってすることは決してできません(小さい頃からヴァイオリンを弾いている人は、習慣によってヴァイオリンを弾く姿勢の方が器用に指が動くことがあります)。各指がバラバラに、手首などに力が入らないで動かせるかどうか確認してください。

(写真8:机に手を置いて、余分な力を抜いて指を動かす練習。レイトスターターの方は、この形で動く速さより速くはヴァイオリンを弾くために動かないのが普通です)

この形ならば、多くの人が指を自由に動かせるはずです。しかし、ヴァイオリンを持ったとたんに弾けなくなってしまう。そのことの意味は、その人のヴァイオリンを弾く姿勢に運動を阻害する原因があるということなのです。

指が動く状態を理解したら、次は指が開くための楽な形を実験してみます。そして、運動性能を落とさない形との整合性をはかることが次のステップです。

次号では、これらの左手部分の諸問題とトレーニング法を詳しく取り上げます。

(付記:この号が出る頃にはすでに終了していますが、10月13日に大阪で一日クリニックを開催します。すでに定員以上のお申し込みを頂きました。この場をお借りして、御礼を申し上げます。内容については、次号にレポートが掲載される予定です)

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【コラム:麻生弦楽合奏団】

川崎市麻生区に平日の午前中に練習をしている合奏団があります。合奏団やオケの練習は、土日か平日の夜間がほとんどです。しかし、家庭を守る主婦はなかなか出席することができないもの。そこで15年ほど前、「平日しか出られないけどアンサンブルがやりたい」という主婦が集ってスタートしたのがこの合奏団です。発足当初から、原則として演奏会を目標とするのではない、いわば「学習会」という形をとり、アマチュアオケの指導を長い間続けているK先生を指導者に迎えて続いてきました。団員は、オケでばりばり弾いていた方からレイトスターターまで、ほとんどが主婦とリタイアされた方たちです。発足以来、団のコンセプトと音楽的なK先生の指導がマッチして、なごやかな雰囲気を保ちながら、地道な活動を続けてきました。

チャリティーや慰問などの活動はするものの、定期的な演奏会がないという、団員のモチベーションを維持することが難しい状況の中で、毎回ほとんどのメンバーが出席するという熱心さ。そのポイントがどこにあるかと探ってみると、団員のみなさんは口々に「練習が各自の音楽的要求を満たすレッスンの場として有効に機能している」とおっしゃいます。演奏会のためのいわば「トレーニング」ではなく、アンサンブルをすること、曲を理解すること、音楽の心を知ること、など、それぞれが持っている団への想いが充足されていることが、このような合奏団が長い間続いている大きな理由でしょう。

「初めは弾けるところだけでもいい。弾けるところだけでも勉強になるはず。邪魔にならないようにアンサンブルに参加して、次第に欲が出てきてくることが大切」と語るK先生の指導は、「指揮者が棒を振っている」というよりも、「いっしょにアンサンブルをしている」というイメージで進んでいるように見受けられました。

「10周年の記念演奏会に続き、来年迎える15周年では、久しぶりに独自の演奏会を開催する予定です。地域での活動と共に、さらに充実したアンサンブルにしていこうと思っています。平日の午前中という条件がついてしまう楽器奏者はまだまだ多いはず。あちこちにこういったアンサンブルができることを期待するとともに、私たちも熱意のある方の参加を希望します」と団長のNさん。私も、このちょっとステキな試みがあちこちで芽を出す日がきっと来る、と感じました。