前回までの二回で、大人や音程に自信がないアマチュアの方が注意して欲しい「音の仕組みと音感を鍛えるための原則」を述べました。今回は、実際に音感を身につけるためにどうしても必要なことを一つ付け加えたいと思います。今日の一つ目のテーマは「楽器を鳴らす」ことです。ただし、ここでの主眼は、「楽器をどのようにして鳴らすか」ということではありません。楽器の「鳴り」を知ることと、楽器が鳴ることによって何が起きるのか、ということを知っていただくことが目的です。
* 楽器が鳴るために必要な最小限のこと
楽器をいかに鳴らすか、ということは大問題です。ボウイングやその他の要素を検証する必要がありますので、このことだけで別項をたてるつもりですが、今回は音程がある程度検証できるために必要最小限の楽器の鳴らし方を考えましょう。
ボウイングで、アマチュア、特にレイトスターターが陥りやすい典型的な二つの症状が、弓がバタバタしないように押さえつけてしまうことと、雑音をなくすために弓を浮かせてしまうことです。今まで私が接した例でいうと、どちらにより「陥りやすいか」ということは、先生の教え方にも密接に関係しているようです。初めから「しっかり弾きなさい」と教える先生のお弟子さんは前者に、「雑音の少ないきれいな音を目指しなさい」と強調されて育った方は後者になってしまう傾向があると思います。
弓を押さえつけてしまうと、楽器の振動を殺してしまうだけでなく音程も違ってしまいます。弓を強く押さえつけると、かかった圧力で弓がたわんでしまい、弦長が長くなり弦のテンションが強くなるからです。また、弓を浮かせてしまうと楽器の鳴りを確認することができません。音程も不安定になってしまいます。 腕の重みを十分に使って、弓を浮かせることなく、力で押さえつけてしまわないことが楽器を鳴らすために必要なことです。言うはやすし、なのですが、そのための努力はどうしても必要です。この点については、ボウイング編でゆっくり説明することにして、今回はなるべく楽器を素直に鳴らすために、上で述べた二つの症状にだけ注意してください。
* 共鳴を知ること
ヴァイオリンは、たくさんの「共鳴する音」を持っています。この音たちを上手に利用することが、音程を再現性あるものにするために重要なポイントになります。
共鳴とは、「一つの発振体の振動が他の発振体を振動させて鳴ること」です。この現象がヴァイオリンの上で起こるためには条件があります。一つは、発振体同士の周波数の関係、もう一つは、発振体の振動する力です。このように表現すると何やら難しそうですが、実際にはそれほど悩ましいものではありません。周波数の関係、とは、要するに「二つの音が同じ」であるか「簡単な整数比(特に片方の周波数が倍数)であるか」ということに帰着するからです。
まず、D線上の3の指のG音を弾いてみましょう。G線とオクターブが完全に合うと、弾いていないはずのG線が鳴り出します。この時良く注意して見ると、G線がちょうど真ん中でくびれて振動しているのがわかるはずです。G線の開放弦とD線上の3の指のG音は周波数比が1:2ですから、このような現象が起きるわけです。もちろん、他のオクターブの関係でもこの現象を確認することができます。同じようなことを、他の音でもやってみましょう。G線上のD音で試してみると、開放弦のD音と同じ音ですから、開放弦のDが鳴るはずです。開放弦と同音や、一つ上のオクターブの音は、簡単に共鳴を知ることができるでしょう。
(参考図1)
次に、D線の1の指でE音を取ってみます。この音を開放弦のEのちょうどオクターブ下に取ると、開放弦のEが共鳴します。この現象を確認するのは少し工夫がいるかもしれません。音程が外れていては共鳴しませんし、D線のE音の弾き方にも影響されるからです。しばらくやってみてうまくいかなかい場合、弾き方を変えてみましょう。必ずアップボウでやってみてください。あまり楽器をがりがりと押さえつけず、弓先から一気に弾いてみます。最後は必ず弓を弦から離してください。弾いている音が振動を続けているようにするのです。すると、E線が鳴っていることがわかると思います。このE線と共鳴するD線上のE音は、チューニングを完全に純正な五度に合わせた場合、隣のAと純正な四度になります。すなわち、開放弦のA音と一緒に弾くと「はもる」音になっています。ここで述べた最初の方法は、ボウイングがまだ安定していなくて二つの弦を一度に弾くことが難しい人でも正しく1の指の音程が取れているかどうかを確認できる方法です。
共鳴は、音程がピンポイントで一致していなくても非常に近い音であれば起こる現象ですので、それだけで完全に正確な音程を取ることはできませんが、ピッタリと一致しているときに楽器の鳴り方がひときわ美しいと感じられるようになるはずです。上記のE音も、かなり長い間響きが残ります。この感覚を覚えることが、美しい音で弾くことと美しい音程を獲得することの大切なステップになるのです。
* ヴァイオリンがよく鳴る音程とは?
前項で述べたように、D線の1の指で押さえるE音は、正しく取ると開放弦と共鳴する音でした。同様のことは、G線上のA音でも起こります。また、ファーストポジションの3の指で押さえるG(D線)、D(A線)、A(E線)の各音は、一つ下の開放弦と共鳴するのでした。こういった音を正確に取ることが、再現性のある音程を得る最初のテーマです。
ヴァイオリンは「ピタゴラスの楽器」だと言われています。それは、各弦を完全五度に調弦するからです。このことをよく理解して耳を十分に使って音程を取ると、美しい音程感覚を身につけることができるようになります。最初に必要な感覚は、前回述べた純正な四度を聞きわけることと開放弦と共鳴する音程を正確に理解することです。
G線の開放弦からト長調のスケールを弾いてみましょう。調弦は純正に合わせてください(注)。第2音(A)は、D線とはもる音に取ります(これが四度の関係)。第3音(H)はE線のさらに上に開放弦があると仮定したH音の二オクターブ下になります。A線上の1の指で押さえたE線の開放弦とはもる(これも四度の関係)H音でもあります。第4音(C)は、G線の完全五度下のC音です。この音には直接確認する他の弦がありませんが、D線上に開放弦とはもるG音を取り、そのGとはもるCをG線上(五度)かA線上(四度)で求めることができます。第5音は開放弦のD音。第6音はA線とはもるE音。第7音(導音)も直接確認することはできませんが、理屈を言えば、先程の「仮想H線」のさらに五度上の「仮想Fis線」の音になります。この音は最後のG音に非常に近い音ですので、ほとんどの場合G音に対して指をぎりぎりまで近づけることでほぼ近い音が得られます。
(注)チューニングについては改めて述べたいと思いますが、普段チューナーを使って各弦のチューニングをしている方は注意が必要です。現状ではほとんどのチューナーが平均律しか測定できません。五度の差はわずか2セントですが、この差は決してわからないものではありません。チューナーで音を取るのは基準にする音(通常はA)だけにして、できるだけ耳を使って五度を合わせる訓練をしてください。
(譜例1)
このような音程でト長調のスケールを弾くと、楽器が非常によく鳴ることがわかるはずです。実はこの音程間隔は「ピタゴラスの音律」に乗っているもので、旋律線を演奏するときの音程間隔の基本となるものです。大切なことは、純正な二音を聞きわける力をつけるとヴァイオリンの上でピタゴラスの音律に則ったスケールをたやすく再現することができるということなのです。なにも基準がない平均律でスケールを弾くことに比べて非常に再現性が高く、理解しやすいのです。もちろん、弦楽器の音程として平均律とは比べものにならないほど美しいことも言うまでもありません。
私の生徒さんの例ですと、それまで全く楽器の経験がなくても、ほぼ毎日練習する方ならば、大体二ヶ月ほどでト長調のスケールの進行が覚えられるようです。もちろん、指が初めから正しいところを押さえるようになるまでにはもう少し時間がかかりますが、音程を「理解する」ということは、ご自分で練習しているときに「どのように修正するか」という基準を得ることができるわけですから、練習の効率を考えても非常に有効な方法だと言えるでしょう(なお、ピタゴラスの音律に則ったスケールの理解と各調の練習法は、スケールのレッスンで詳しく説明します)。
* 一番基礎の和音を理解する
アマチュアオケでばりばり活躍しているヴェテランの中にも「どうしても重音が苦手で・・・」という方は少なくありません。そして、多くの人が「六度より三度が苦手」とおっしゃいます。三度の方が二つの音が近くにあるだけ響きを判断することが難しいからで、確かに理由のあることです(ヴァイオリンの重音で三度は最も重要なものの一つですから、いつかはものにしなくてはならないものです)。速いパッセージをなんなく弾きこなしてしまう方でも、重音だけは苦手だ、という方もいます。「重音は技術が難しいから」と考えている方が多いようですが、技術だけでなく、耳の問題も大きいのではないかと考えてきました。このことはまた、アンサンブルを始めたときの(特に内声の)音程感覚にも直結する問題ですので、和音を判断するための基礎トレーニングも述べておきたいと思います。
一番基本的な和音は「ドミソ」の和音です(注)。ヴァイオリン一本で三つの音を同時に鳴らすことは困難ですから、まずは二人でやってみましょう。先生かベテランの方に、純正に合わせたD線とG線の開放弦を同時に弾いてもらいます。そして生徒は、A線の1の指のH音をとって美しい響きを探します。普段弾いている1の指の位置よりかなり低い場所にありますから、合わないときは下げてみてください。
(注)ここで「ドミソ」とは、移動ドでの読み方で用いています。すなわち、主音・第三音、第五音で作られる和音のことです。これに対し、絶対的な音高を「D音」「A音」などと記述しています。上記の「G、D、H」音は、オクターブの範囲に入れると「G、H、D」となり、ト長調の「ドミソ」になります。
(譜例2)
「ドミソ」の和音を取るときに、ドとソを同じオクターブで、第三音に当たるミをオクターブ上で取ることには意味があります。第三音の響きを合わせる場合、和音が密集位置(一つのオクターブの中に全ての構成音が入っていること)より開離位置(簡単に言えばオクターブからはみ出していること)の方が判別がしやすいからです(アンサンブルの練習で内声の音程を合わせるときに、わざとチェロでオクターブ下の基準音を取って確かめるのもこのためです)。
美しく響く「ドミソ」の和音は、ほとんどの人が一度で理解できます。合っているとそれほど美しいものなのです。そしてこの時に1の指の位置を確認してみると、先程スケールで取った1の指の位置とは全く違うはずです。この差は前回述べた「ほんの3ミリ」の差と同じです。ヴァイオリンを演奏するときに美しい音程を取るためには、この「高い1の指」と「低い1の指」の差をきちんと理解することが大切であることはすでに述べたとおりです。
多くの人が苦手と感じる三度ですが、この三和音を理解することが美しい三度を理解するための出発点になります。この「低い」1の指の音は、すぐ下の開放弦と美しく響きますから、六度の音程を知る(確かめる)アイテムになるのです。三度は六度と補完関係にありますから(三度と六度を合わせるとオクターブになりますね)、難しいと感じる二音を聞きわけるための耳の訓練に役に立つのです。
* 音程を手の形で覚えることはできない
これも、場合によっては正反対のことを先生に教わっている方がいらっしゃるかもしれませんが(私のところに来るようになった生徒さんの中にも実際にいました)、大人のアマチュアの場合、形で音程を取ることには絶望的な無理があります。
人間の手は非常に繊細な判断力を持っているものですが、その力は長い間のたゆまぬ訓練によって得られるものです。コンピューター制御の機械よりも精密な加工をすることができる職人さんがテレビなどで紹介されることがありますが、その技術は一朝一夕に身につくものではありません。アマチュア奏者にこの精密さを要求することはできません。それにもかかわらず、「形を作ること」と「音程を確かなものにすること」を混同している指導者やアマチュアプレーヤーが多いのです。
左手の形を作る作業は、指や手の動きを確保するためにどうしても必要なことです。セブシックなどの教材が長い間使われ続けているのも当然のことだと言えるでしょう。しかし、左手の形を作りさえすれば音程が良くなるかというと、全く事情は異なります。音程を良くするためには、耳を上手に使い、楽器の振動を理解することが必要なのです。
(セブシックのop.1-1などで左手の訓練をする場合、1の指と3の指の位置をまずしっかりと確認してください。1の指の位置は、先程述べた「高い」位置で取るようにします。3の指は、もちろん下の開放弦と共鳴する音に取ります。この確認を怠っては、機能訓練としてもあまり役に立つものとは言えません)
この例のように、練習の目的を誤解していたり、できることとできないことの区別がついていないケースが多いことも、大人のアマチュアを指導するときの問題点だと思います。この点も、私が大人のアマチュアに対する指導法が抱えている問題点の一つだと危惧している点です。
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コラム【弦楽サークル・アンダンテ】
今回は神奈川県相模原市で活動しているユニークな合奏団体をご紹介します。
「弦楽サークル・アンダンテ」は、昨年の2月から活動を始めた「大人になってから弦楽器を始めた人たちのための合奏サークル」です。ヴァイオリンからチェロまで40人ほどの登録メンバーのうち、毎回の練習には15〜20人ほどが集まります。この団体を始められたのは、ご自身がヴァイオリンを始めて8年目のSさん。
「自分自身40歳代でヴァイオリンを始めて、周りの理解が得られない、先生以外にサポートしてくれる人がいない、などという点でとても苦労しました。大人になってから始めると先生にはどうしても聞けないことがあります。続けることに大変な苦労もあります。そんな人たちにとって“楽器の先輩”のサポートはとてもありがたいもの。合奏という場を通してそういったお手伝いができないかということが、アンダンテを始めた大きな動機です」
ご自分の経験を活かして「後輩たち」を合奏という場でサポートしたいというSさんの思いがこの場を生みました。ですから「弦楽アンサンブルをしたい」という活動とは少し異なり、練習も発表会もとてもユニークです。
ほとんどすべてのメンバーが個人レッスンについていますから、合奏することが負担にならないこと(家での練習を必要としないこと)が前提で曲が選ばれます。お伺いしたときには「海」「ロンドンデリーの歌」「ムーンリバー」を、最近まで地元にお住まいだった作曲家、中山洋氏が易しく編曲したものを練習していました。合奏の基礎を知り楽しさを知る中で、レイトスターターが楽器を続ける意欲を持ち続けられるための場であることがコンセプトなのです。発表会も単なる弦楽アンサンブルの演奏会ではなく、メンバーそれぞれの思いを込めた発表の場として、ソロやデュオ、カルテットなども演奏されます。将来はこれにとどまらず、老人施設などでの慰問演奏会といったボランティア活動もしたいと考えていらっしゃいます。
初めにインターネットでメンバーを募集したとき、「これから楽器を始めたい」という人もいらしたそうです。そういった人のための指導者探しもインターネットで行い、現在アンダンテを指導をされている相模原市在住のW克枝先生にもインターネット上で巡り会いました。
W先生は「私にとっては、個人レッスンも含め、音楽文化の底辺を広げることが大切な使命であると考えています。こういった場で、単に合奏を指導するだけでなく、メンタルな面 でも大人から始めた方を支援できればと思っています」とアンダンテでの役割を語ってくださいました。
アンサンブルすることだけを目的にしているのではないこういった団体は他にはあまり見あたりません。一つの興味深いケースとして、これからの活動が楽しみです。
アンダンテ弦楽器サークル
http://www.geocities.co.jp/MusicHall-Horn/3813/